瀬戸だより 273 of せとものの話をしませんか〜加藤兆之助商店〜

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 瀬戸だより ~せとものについて話しませんか~

273号 「ついに当日!」という話

2011/9/10発行



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せともの祭の花火。日が沈むと涼しさが増しました。

 今日と明日はいよいよ「せともの祭」当日(9月10日・11日)
 これを書いているのは10日の午前2時を回ったところ。先ほどまで会場まで何度も往復して商品やテトなど機材を運んできました。こういう時は軽のワンボックスの小さいことが残念です。毎年と比べると何か静かな前夜という感じでした。
 このメールが皆さんに配信される頃はせともの祭がスタートする頃です。

 雨が降る事で有名なせともの祭ですが、今年は(昨年もそうだったけれど)天候に恵まれかなり熱くなるようです。80回目のせともの祭。いろいろなことが企画されているようです。

 せともの祭というのは元々は磁祖と瀬戸では呼ばれる「加藤民吉」の祀る窯神神社のお祭りとして始まったものです。ですから、廉売市の参加者に配布される書類の中には窯神神社崇敬会のものもありますし、当然せともの祭の10日には窯神神社で祭礼も行われます。ちなみに今回のせともの祭のポスターに描かれている民吉像はこの神社にあります。
 この窯神神社の歴史というのを改めて手元の資料(「瀬戸物祭は雨になる」加藤正高)で見てみるととても面白いものでした。
 窯神神社自体はもともと、磁祖である民吉が信仰していた秋葉大権現、天満威徳天神、金毘羅大権現の崇拝所を作ることを尾張藩に請願し(許可されるまで12年かかった)許可された年に民吉は亡くなっています。没後、業績をたたえ民吉を合祀し「窯神社」と改称されたようです。
 自分の信仰する神様の礼拝所として建てたものに、自分自身が神様になって祀られたということなんでしょう。ちなみに窯神神社の御神体は(そのような縁起から)民吉が所有していた秋葉大権現、天満威徳天神、金毘羅大権現の掛け軸となっています。

 今の窯神神社社殿は丸窯を模したコンクリート造りの(ある意味奇抜な)デザインですが、無論昔は違ったものでした。木造の普通の社殿だったようです、大正14年の放火による消失までは‥‥。犯人は加藤家縁故の人物。他産地の陶祖の祀られている神社と比べ見劣りがすることを気にかけ、建て替えを期待しての

犯行だったということです。ところが当時は瀬戸の景気も悪く、犯人希望の建て替えが実際に行われたのは昭和39年。ずいぶん時間がかかってしまっていますね。なかなかうまくは行かない‥‥ということでしょうか。

2011/9/10

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