瀬戸だより 217 of せとものの話をしませんか〜加藤兆之助商店〜

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 瀬戸だより ~せとものについて話しませんか~

217号 「王子窯」という話

2010/07/31発行



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本文とは関係ありません。瀬戸の夏空。

 暑い暑いと言いつつ、明日はもう8月。暑いのは当たり前というところですね。
 今週末、来週末あたりは瀬戸市内でも盆踊りが行われるところが多いようです。今夜も「瀬戸音頭」がどこからか流れてきます。

 最近は窯と言えば「ガス」そして「電気」、少なくなりましたが「重油」や「灯油」というのもいくらか残っているでしょうか。以前、重油窯を使い続けていらっしゃる作家さんから「燃えたときに一番薪に近いガスが出るのが重油」と聞いたこともあります。実際のところはわかりませんが、それぞれ窯の燃料にもこだわりがあります。

 江戸時代から瀬戸で窯と言えばもちろん薪を燃料とした「登り窯」が中心でした。斜面を利用して作られる巨大な登り窯は瀬戸の象徴でもありました。今は残っているものはある、と言ってもずっと小型のものであったり、火が入れられることなく保存されているものとなります。

 本格的な(巨大な)登り窯の最後は昭和43年5月の王子窯の火入れと言われています。王子窯は王子沢にあった大きな登り窯。実際に使われていた時代のことは知りませんが、私(昭和40年生まれ)が物心ついてからでもまだ窯はそのまま放置されていて、幼い頃父親と一緒に中をのぞいた記憶があります。一室一室が大変に広く「キャッチボールができるほど」と例えることもあったようです。雑草がずいぶん廻りに生えていましたから、最後の火入れからずいぶん経っていたと思います。

 明治の終わり頃から燃料は薪から石炭へと変わっていきました。真っ黒な煙を吐く数多くの煙突が瀬戸の空にそびえた石炭窯の時代となっていきます。斜面にしか作ることのできない登り窯は次第に廃れます。また、巨大なあまり、窯詰めする品物が揃うまでに何ヶ月もかかり、窯の火入れは年に2~3回ほど。使う薪の量も膨大(一万束!)です。これではさすがに時代の流れについていけません。まるで巨大な恐竜たちがその時代の終焉を迎えたのに似ているような気がします。

 手元の資料を見ますと、やはり瀬戸物作りの象徴だった登り窯の最後、時代の転換の様子は各新聞も大きく取り上げていたようです。8昼夜焚き続けられ、150年にわたる歴史の終わりを迎えたということです。
 その最後の焼成の様子は瀬戸の映像作家・加藤雅己氏により映画として記録されています。それは現在瀬戸蔵の「瀬戸蔵ミュージアム」の中でも見ることができます(休憩施設のモニターで上映)。当時の窯場で働く人々の記録としても見応えのあるものになっています。お薦めです。

 毎日、暑い日が続きますが、瀬戸に限らず焼き物の産地では過去も今も窯の前で炎と向き合う人たちがいます。日本一暑いということで有名になってしまった多治見市も瀬戸のお隣、陶器作りにかける熱い思いが窯の熱とともにさらに夏を暑くしているようにすら感じます。



参考資料・「古瀬戸・洞 今昔四方山話」

2010/07/31

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