瀬戸だより 072 of せとものの話をしませんか〜加藤兆之助商店〜

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 瀬戸だより ~せとものについて話しませんか~

072号 「省営バスと記念橋駅」という話

2007/10/20発行



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JRバスの記念橋駅。2002年頃(?)の撮影。
後ろにあった市民会館は瀬戸蔵建設のためすでに取り壊されていますね。

 もう10月も半ばを過ぎました。朝晩は寒く感じる事もあります。瀬戸も干支の置物など正月に向けた商品がよく動く季節となってきました。

 今回はバスのお話。
 瀬戸中心部にある「瀬戸蔵」。その瀬戸蔵の正面入口近くの芝生の中に「省営バス 発祥の地」という写真入りのプレートがあります。省営バスと言うのは後の国鉄バス、そして現在のJRバスになります。瀬戸はバス発祥の地なんです。

 昭和5年に瀬戸・記念橋~高蔵寺駅間と岡崎駅~多治見駅間の 省営自動車・岡多線の運行を開始、これが現在のJRバスに続く省営バスの歴史の始まりとなっています。
 その当時は鉄道敷設法の改正があり、全国に多くの鉄道の計画がされたそうです。岡崎~多治見間の岡多線もこの時に計画されました。しかし、鉄道を作るには莫大な費用もかかります。そこで輸送量の多くないところにはひとまずバスを走らせることになりました。計画された鉄道の岡多線は省営バス1号としてスタートしました。

 瀬戸の人なら旧市民会館(現在の瀬戸蔵の位置)前にあった「瀬戸記念橋駅」という名のバスの駅舎が記憶にあるでしょう。2004年に解体されるまでそのバスの「駅」は活躍していました。
瀬戸には国鉄(JR)の鉄道の駅がなかったので、新幹線の切符を買うのにこの記念橋駅の緑の窓口をよく使いました。非常に古い建物で(最後は正直ぼろぼろといった感じで)、「瀬戸の中心にあることが恥ずかしい」とまでいう人もいましたが、取り壊されてなくなってしまえば懐かしい思い出ばかりですね。
 記念橋駅があった頃は瀬戸の東から川に沿って車を走らせてくると、記念橋のところでこのバスの駅を避けるように信号を左折そしてすぐ右折しなければなりませんでした。瀬戸に不馴れなドライバーが知らずに直進してしまい、このバスの駅に侵入‥‥ということもよくあったようです。

 さて、その後の岡多線ですが、昭和40年代に入り鉄道として着工、一部が開業していましたが瀬戸市内までこの鉄道が伸びてくるのは第三セクターの愛知環状鉄道が国鉄から事業を引継いだ後になります。昭和63年に岡崎~高蔵寺間が開業(瀬戸市駅など瀬戸市内の駅と路線もこの時に開業)現在に至っています。
 愛知環状鉄道は「あいかん」の愛称で「せとでん」とともに瀬戸の市民の足となっています。愛・地球博の時には会場近くの「八草駅」を利用された方も多かったと思います。

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瀬戸蔵前の芝生にある「省営バス発祥の地」のプレート。
当時のクラッシックなバス。

  瀬戸蔵を訪れることがあれば、正面の芝生を探してみてください。小さな「省営バス 発祥の地」のプレート(碑)があります。当時のとてもクラシックなバスの写真もプリントされています。

2007/10/20

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