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メールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー集。画像や情報の追加もあります。
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 048号 「瀬戸の雀は黒かった」という話
ゴールデンウィークも後わずか、皆さんはどうお過ごしでしょうか? 私自身が昭和40年の生まれですから、真っ黒な煙を出す煙突の記憶はあまりありません。でも、親たちの世代の人たちからその煙の思い出や苦労を聞くことができます。 洗濯物は風向きに注意して干した‥‥。黒煙は多くの煤を降らせます。風下になるとせっかく洗った洗濯物が黒くなってしまいます。昔の主婦は雨だけでなく、風の向きも注意しなくてはいけなかったようです。 座敷には渋団扇がいつも置いてあった‥‥。黒煙の煤は家の中にも入ってくることもあったようです。畳の上に落ちた煤煙が固まりになって転がっていることもあったようです。それを手ではらうと手も畳も黒くなってしまうので、団扇でぱたぱたと扇いで縁側から庭に落として片付けていたとか。 あと、瀬戸では鼻毛の伸びるのが早いとかいうのもよく聞きましたが、一番ユニークでよく知られているのが「瀬戸の雀は黒い」というのがありますね。煙の中、瀬戸の空を飛ぶ雀は黒くなっているという話です。 そんな瀬戸を支えた大きな煙突も今ではほとんど姿を消しています。ガスの窯ではそこまで高い煙突が必要なく、登り窯の時代に比べれば窯が小さく小回りのきくものに変わっていったのが理由でしょうか。また、瀬戸の煙突の多くは筒を重ねて作り、外側を金属のフレームで囲んで支えるようなタイプです。ほかの産地などではレンガでしっかり作られた煙突が風景の中に残されていることがありますが、なかなか瀬戸の煙突は残しておくのが難しいようです。 瀬戸も名古屋のベットタウン化が進み、赤津や品野の作家・陶房の多い地区でも住宅が増えました。昔のように黒煙を盛大に吹き上げるようなことは想像すらできなくなりました。 2007/05/05 |
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