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メールマガジン「瀬戸だより」のバックナンバー集。画像や情報の追加もあります。
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 012号 「せとものまつり〜磁祖・民吉〜」という話
さぁ、8月も終わりに近づいてきました。9月になると瀬戸では恒例のせとものまつりが開催されます。 瀬戸には陶祖といわれる人、磁祖といわれる人がそれぞれいます。陶祖は加藤四郎左衛門景正。瀬戸では藤四郎さんと呼ぶことが多いですね。この方は鎌倉時代に中国の進んだ製陶技術を瀬戸にもたらした方です。
市内中心の深川神社内の陶彦神社に祭られています。春・秋には毎年、陶祖まつりがあります。そしてもう一人の磁祖が加藤民吉。江戸時代中頃に九州の磁器に押されて、瀬戸は衰退した時期がありました。その時ひとり九州に向い、その技術を会得して瀬戸にもたらしたという方です。名鉄尾張瀬戸駅から南の山の上にある窯神神社に祭られています。せとものまつりというと廉売市がまずイメージにありますが、実はこの民吉をたたえる窯神神社のお祭りなのです。 民吉を祭った窯神神社にはまさに絵付けをしようとする姿の民吉の銅像があり、社殿は登り窯の形からデザインされたコンクリート製のモダンなものになっています。毎年せとものまつり前日の金曜の夜には、前夜祭として瀬戸物作りに携わる人たちにより松明行列が行なわれていました。子供太鼓の「こまいぬ座」の太鼓演奏に見送られ、瀬戸川沿いに松明を手に進んで行きます。最後に窯神神社の長い石段を登り切ると、多くの松明に照らされた社殿の前にたどり着きます。そしてその頭上に花火が何発か上がります。松明を手にしなくても、その行列について窯神神社まで歩くのもなかなか面白いものです。やはり瀬戸は炎と縁の深い町だと感じます。(今年は8日金曜の夜7時半より窯神神社で「前夜祭神事」が行なわれるそうです。松明行列は?不明です。) その民吉のおかげで瀬戸でも真っ白な磁器が焼かれるようになりました。染付と言うと今は有田・伊万里のイメージが強いですが、瀬戸染付も明治・大正の頃はとてもハイレベルな製品が多く生産されていました。瀬戸染付は上絵を施さない呉須の青のみで描かれるのが一つの特徴となっています。瀬戸物というとやはり土物のイメージが強いと思いますが、最近は瀬戸の染付を再興する動きが高まっています。染付をする若い作家さんも増えています。 来週も引き続き、せとものまつり関係の話題をお届けする予定です。ではまた。 2006/08/26 |
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